電解水の殺菌力
希薄食塩水を電気分解すると酸性側とアルカリ側にそれぞれ電解水ができます。酸性側電解水のpHは約2.5、酸化還元電位ORPは約1.3ボルトになります。アルカリ側のpHは約11.5、ORPは約-0.6ボルトになります。この酸性側の電解水は通常強酸性水と呼ばれますが、正確には強電解酸性酸化水(以下強酸化水と呼ぶ)であり、強力な殺菌作用があります。またアルカリ側の電解水は通常強アルカリ水などと呼ばれますが、正確には強電解アルカリ還元水(以下強還元水と呼ぶ)であり、強い還元力があります。
強酸化水の殺菌メカニズムは、電解水中にできる次亜塩素酸が殺菌作用のもとで、同時に発生する活性酸素も殺菌に寄与すると考えが広まっていますが、この殺菌メカニズムでは説明しきれない性質があります。
電解水殺菌には多くの特徴がありますが、そのうちの大きな特徴を三つだけ挙げると、瞬時に殺菌ができること、ほとんどすべての菌に効果があること(広殺菌スペクトル)、耐性が発生せず、副作用がないことが挙げられます。殺菌メカニズムはこれらを同時に説明することが求められるのですが、次亜塩素酸説では無理です。次亜塩素酸が殺菌の原因ならわざわざ電解水をつくる必要もなく、従来から使用されている次亜塩素酸ソーダを利用すればよいことになります。また活性酸素は電解水生成時には検出されるが、保存してある電解水には検出されないのでこれも原因とはなりません。
それでは電解水殺菌の真のメカニズムはなにか。これを理解するためには電解水の性質をよく知ることが必要です。そもそも水又は食塩水を電気分解すると、その物理化学的性質はどのように変化するのか、その要点を次の図で説明します。

図1 水と食塩水のpe-pHダイヤグラム
これはpe-pHダイヤグラムと呼ばれるもので、電解水の性質が一目で分かります。横軸にpH、左縦軸にpeがとってあります。横軸のpHは周知のとおり水素イオン活動度を示す指数で、一般に酸性度の指標として広く利用されています。pH=-log[H+]で定義され、[H+]は水素イオンのモル濃度で与えられます。このpHと同様に定義した電子の活動度を示す指数がpeです。pe=-log[e-]。図の座標軸の値は対数表示であるから1違えば10倍か、又は10分の一になることに注意してください。
pH計は市販されていますが、pe計はまだ開発されておらず、ORPを測定してpeに換算します。換算式はpe=16.9EH(酸化還元電位EHの単位はボルト)です。図の右縦軸にORPがとってあります。ORPよりpeを使う利点は電子濃度がすぐ分かることです。ORPの値が大きくなれば酸化作用があり、小さくなれば還元作用があるが、peを用いると酸化還元反応が起こるときの電子濃度を知ることができます。
pe-pHダイヤグラムにたくさんの直線がひいてありますが、それらは各直線の両側に記入してある化学物質の同一成分の濃度が等しくなるところです。例えば次亜塩素酸HOClと塩素イオンCl-を区別する直線は、両者の化学成分中に含まれる塩素原子Clの濃度が等しくなるところです。
隔膜を有する電解槽を用いて水を電気分解すると、一方で酸化されて酸素になり、他方で還元されて水素になります。酸素O2(電気分解直後の一気圧と通常大気中の分圧0.21気圧の二種類がある)の酸素原子Oと水H2Oの酸素原子Oの濃度が等しくなる境界線と、水素ガスH2(電解直後の一気圧と通常大気中の10-6気圧の二種類がある)と水の水素原子Hの濃度が等しくなるところの境界線に囲まれた領域が水の存在領域になります。ダイヤグラムの水の領域には無数の点を打つことができるので、無数の種類の水が存在することになります。
pe-pHダイヤグラム中の直線は、すべて食塩水の化学反応式の平衡定数から計算したものです。境界線から離れるにしたがってその成分の濃度が座標軸の目盛にしたがって変化します。電解水のpeとpHを計ってpe-pHダイヤグラム上にプロットすると、電解水に含まれる水素イオンと電子だけでなく、ほかのすべての成分についてもその濃度の関係を知ることができます。
一般に水道水には消毒用の塩素が含まれ、水の領域の上端付近にきます。ただし投入されている塩素の量は原水の汚染度によって決まるので、その位置には地域差があります。この水道水を隔膜式の電解槽を用いて電気分解すると、左右の槽にそれぞれ酸性水2とアルカリ水3ができます。酸性水2は水と酸素の境界線付近にきています。アルカリ水3は水と水素の境界線付近にきています。
次に水道水1に食塩(0.1%)を添加すると食塩水4ができます。これを電気分解すると強酸化水5と強還元水6ができます。5は次亜塩素酸HOClと塩素イオンCl-の境界線のすぐ下の塩素イオンの領域内にきます。強還元水6は水と水素の境界線のすぐ内側にきます。
こうして生成された強酸化水5に手や足を浸して約十分間使用すると7の位置にきます。更に計約四十分間浸し続けると8の位置にきます。一方強還元水の場合約十分間そのまま放置すると9の位置にきます。更に計約四十分間放置すると10の位置にきます。酸化水の方は放置してもほとんど変化しません。人間の血液のpe-pHの位置11も示してあります。
強酸性酸化水5のpHは約2.5で水素イオン濃度は10-2.5モル/リットル、peは約23で電子濃度は10-23モル/リットルであることが分かります。またその位置は次亜塩素酸HOClと塩素イオンCl-の境界線から座標目盛で約1だけCl-の内部に入っています。このことは強酸化水の主成分は塩素イオンCl-であって、次亜塩素酸HOClとの濃度比は約十倍あることがわかります。これは、殺菌の目的で電解によって次亜塩素酸をつくるのであれば、効率のよいやり方ではありません。
食塩水を電気分解してつくる強酸化水の殺菌力はどこからくるのでしょうか。それは高peの性質からくるのです。強酸化水のpeは23で、食塩水1のpeが10であることと比べと、実に13桁の違いがあります。つまり電気分解することで電子濃度が10の13乗分の一になっています。これは極端に電子濃度の低い水であることを示しています。このような水ははげしく電子を”ほしがっている”水であります。接触するものから瞬時に電子を奪う性質があり、これが瞬間殺菌になるのです。
殺菌対象となる細菌は細胞膜に包まれた単細胞生物です。細胞膜にはたくさんのタンパク構造体が埋め込まれ、チャンネルを形成しています。このチャンネルを通して栄養物質を内部に取り入れたり、不要物質を外部に排泄したりしています。タンパク構造体の端はプラスかマイナスに帯電していて、この電荷で外部の水環境と結合しています。チャンネルのタンパク構造体が高peの強酸化水に接触すると、マイナスの電荷が瞬時に奪われてしまいます。これによってタンパク構造体が破壊され、細胞膜に孔が開きます。電気的効果であるから、効果は瞬時に及びます。こうして細菌の細胞膜が破られ、内部のDNAが流失して死滅に至ります。細菌の種類が違っても同じメカニズムで広殺菌スペクトルとなります。また従来の化学殺菌剤のように、薬品が染み込んでタンパク質を変質させて殺菌するというのではありませんので、耐性が発生して副作用が出ることもありません。こうして、はじめに述べた殺菌の三大特徴を同時に説明することができるのです。
一方電解直後の還元水6をそのまま放置すると十分間で9になり、さらに計四十分間放置すると10にきます。このような急速な性質の変化は、電解によって発生した水素が電解水から逃げていくことから起こります。電解直後の水中には一気圧の水素が発生していますが、電解終了後は直ちに空中に蒸発していきます。
一般に水溶液の表面では、その上の空気中に含まれる物質の量と、下の水中に含まれる同じ物質(気体)の量との間に連続性が保たれていなければなりません。電気分解によって多量の水素が発生し、水中でのガス圧は一気圧に達するが、電解終了後には新たな水素の発生がなくなるので、水中の水素は空中に蒸発します。この過程が6から9、10への変化となって現われるのです。空気中の水素の量は少なく、10-6気圧程度と見積もられていますが、更にその場所を通り越して9、10へと行くのは、もはやこの程度の物質量では電位を保つことができないからです。
その電位、すなわち酸化還元電位は酸化体と還元体の二種類の物質が存在するところに発生します。図のpeの高い方の物質が酸化体であり、peの低い方の物質が還元体です。強酸化水5は、酸化体である次亜塩素酸と還元体である塩素イオンが混在するところに発生しています。一般に還元体から酸化体に電子が移ることによって電位が下がります。7にくると、ここには酸化体である酸素と還元体である水が存在して電位をつくっています。酸素が還元されて、水から酸素に電子が移ることによって電位が下がり8にきます。
強酸化水の5から7では強い殺菌力があるが、8ではなくなります。5における殺菌力は酸化水が細菌から電子を奪うことで発揮され、この電子によって次亜塩素酸が還元されて次亜塩素酸の濃度は下がり、逆に塩素イオンの濃度が上がります。7における殺菌力は、細菌から電子が奪われ、酸素が還元されて酸素の濃度が下がります。8までくるともはや電子を奪う能力は弱くなり、殺菌力までには至りません。
強酸性酸化水の殺菌力にはpHの力もあります。pHには水素イオンのプラス電荷の静電的作用によって細胞膜に組み込まれた構造タンパク質を溶かす作用があります。タンパク質の種類によって多少の違いはありますが、pH5.3を等電点といい、この値から離れるにしたがってタンパク質の溶解度があがります。pH2.5の強酸化水にはこの条件がととのっているので、peの効果と併せて殺菌の役目を果たします。
なおタンパク質溶解の原理はpH10.5-11.5のアルカリ還元水についても当てはまり、これが強還元水の強力な洗浄力になります。
最後に強酸化水の殺菌力のメカニズムについて、次亜塩素酸説では電解水中の次亜塩素酸濃度と殺菌力が比例することを根拠にしていますが、ここで述べたpe殺菌説ではっきりこの観測結果を説明することができます。電気分解によって生成される電解水には電気エネルギーが与えられています。その電気エネルギーがpeで表わされ、その効果をよく考察する必要があるのではないでしょうか。