| /たわごと/ |
アメリカから来ていたプロ野球審判員が、母国に帰った。なんでも、抗議が怖くて、日本の野球に嫌気がさしたとのことである。彼を呼んだ関係者の考えのなさに、あきれかえってしまった。そして、アメリカに媚びるようなその姿勢も残念でならない。
直接のきっかけになったと思われる、中日の大豊への投球は、どう見ても日本ではボールだ。それだけ、日本と向こうではストライクゾーンが違うということ。癖では片づけられない判定の違いが、審判によってあるのは、選手にとっては我慢ならないことであるはず。よしんば対応しようとしても、自分のストライクゾーンを体で覚えている打者は、頭で分かっていても体が反応しない。混乱は当然おきる。
そして、混乱は抗議となる。信頼は置けないのに、権威だけは一人前以上の審判などには、抗議がより強硬になるのも想像に難くない(デュミロにはたいした抗議は行われたとは思わないが)。そして、その抗議に対する審判の対応にも、日米間では大きな違いがあるときている。
ストライクゾーンの判定と抗議に対する対応を、アメリカに合わせる決意がないかぎり、アメリカ式を貫く人を呼ぶべきではなかった。そんな決意も準備もしていないのに、アメリカから審判を呼んだ関係者こそ非難されるべきだ。このことで、日本の抗議のあり方についての非難がある。選手や監督は、「アメリカではこうである」などという、いまさらの分かり切った物知り顔の批判に屈することはない。「ストライク判定の違う審判などいらない、アメリカ式で行くのなら、はっきりとそう示せ」。それだけだ。
競輪に目を転じてみると、場によって失格判定にかなりの違いがあるらしい。それが現実なら、選手も、私たちにとっても迷惑な話だ。また、先頭誘導員が意志を持って走ったことを目撃している者としては、審判の公正さについても勘ぐりたくもなる。
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