| /滅びし者へ/ |
(1997年5月 高松競輪場)
『児玉も(コメントどおり)本当に競ってはないわな。山田の捲り頃や』
『あれしか方法がなかったのやろうか』
見知らぬ親父さんが反省していた。そのレースとは・・
高松記念優勝戦 1 1 恩田 繁雄(東京41) 2 2 児玉 広志(香川66) 3 3 山田 裕仁(岐阜61) 4 4 小川 巧(岡山57) 5 鈴木 健(岐阜64) 5 6 古原 勝己(大阪60) 7 山口 幸二(岐阜62) 6 8 野田 正(福岡46) 9 十文字貴信(茨城75) レースは、打鐘前から上昇した十文字ラインに合わせて、児玉がインを切ってそのまま十文字のインで粘る。児玉が自力と見て、その後ろの小川を買っていた自分の車券はすでになく、舌なめずりをしながら追走した山田が2角から仕掛けて、マークの山口を連れて捲り切っていた。
そこで、そのおっさんに話しかける。
私 『児玉が番手勝負いうのは、ウソやと思うた。競りで結果出したことはないし』
おっさん 『前二日間の感触であれしか方法がないと思ったのやろうかなあ。自力かけても後ろの小川が好調でそれも怖いし』私 『おれ、児玉自力とこじつけて、その小川を買うてもうたわ』
おっさん 『ワシは、2−6(児玉−十文字の枠番)や。Aの優勝まとめて取ったの全部いってもうたわ』
おっさん 『まあ、仕方ない。育てるための出資や。選手もオッズ見て走ってるやろ』
児玉も偉くなったものである。
そんな客になれるだろうか。
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