/滅びし者へ/ 

再会(滅度:−)


(1994年6月 仕事場付近)

ビシッとした黒いアタッシュケースを右手に下げていた。

久々の登場とばかりに、アスファルトも溶けよと降り注ぐ陽光の中で歪んで見えるその人は、ややサイズのあっていない上着を着込み、しきりに左手のハンカチで流れ出る汗をぬぐいながら、私の方向へ歩いてきた。歩調は私のそれよりも少し早かった。十数年ぶりだというのに二人同時に気がついた。

『あれ、Yさん』
『おう、ずいぶんぶりやな』
『Yさん、まさか仕事で』
『おう、仕事じゃ。おまえはここで何を』
『ここで働いている』

私とYさんの出会いは十年以上さかのぼる。私が学生時代にアルバイトに行った先にYさんが(一応)働いていた。どことなく悠々とした雰囲気の人で、仕事場でも自由に振る舞っていた。十歳ほど年齢は違ったが、私たちはすぐに仲よくなった。

よく遊びにつれて行ってもらった。競艇に行った。『当たりはひとつしかない』が口癖で、よく一点勝負をしていた。舟券の買い方はなにひとつ教えてくれなかった。私も聞かなかった。なんとなく一人前に扱われているように思って嬉しかった記憶がある。そして、勝っても負けても、ユウゼンとしているように見えた。

暇なときにはパチンコにも行った。一回座った台からはてこでも動かなかった。

飲みにもよく行った。一回も金を払ったことがないのに、常連客として扱ってもらえる飲み屋が出来た。酒の飲み方もキップがよかった。お互いに次の日の事など考えることなく、Yさんといっしょの時はたくさん飲んだ。いやという程飲んだ後で、灰皿と三個のサイコロが出てきて、酒を賭けてサイコロを振ったりもした。

なんとなく世間離れをした感じで、遊びの甲斐性のある人だと思った。そんなYさんと知り合いであること、Yさんと遊ぶことをひそかに誇りにさえ思っていた。

今日のYさんの姿は、そんな私の記憶とは正反対の平凡な営業社員に見えた。 当時は、私の事をかわいい弟分か、やんちゃな若憎か、そんなところとして扱っていたと思うが、私が感じたと同様の事をYさんも思ったことだろう。

過ぎ行く時は何人にも公平に、そして容赦ない。そして人は平凡になるのだろう。それは分別とか常識とか責任感とか呼ばれるものだろう。

もらった名刺の番号へ電話してみようと思う。昔のYさんに会えるかもしれないから。その頃の自分にも逢いたいから。

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