| /滅びし者へ/ |
(1996年6月 山の中)
最終レース。布居寛幸(和歌72)が逃げる。予想どおりだ。近藤修康(岡山67)の捲りは、バックで番手の池上孝之(兵庫69)の横で上昇を終了。予想どおりだ。直線、布居が粘り抜いて逃げ切り。番手の外にへばりついた近藤が二着。予想と全く違う。池上孝之(兵庫69)はどこへいったのだ。完全試合達成。
と、そこまでは良くあることだった。
帰途。富めるときも貧しいときも、楽しいときも苦しいときも、いつでも私と一緒に20万KMを走り抜いてくれた愛車『的中1号』。その水温計が、三番車色のところへ刻々と近づいている。
KAGI 『心配するな。俺は経験豊富だ。それに職場には機械工学を勉強した連れもいる。2サイクルオイルと4サイクルオイルを入れ間違うおまえとは違う』
と、この時にはまだ余裕があった。自分にもうし君にも。
ちょうど車に乗せてあった緑茶のペットボトルの中身を、ラジエターとリザーブタンクにぶち込む。ラジエターの蓋を開けるときには、用なしとなった『スポーツ・ニッポン』も役に立った。さあ、気合いを入れて再出発だ。
しばらくは、
『俺が末甘いと書いた直後に逃げ切るとは、布居はFMCNを見ているに違いない』とか、
『この一件で今日のやられを忘れたやろ』とか、
愚にもつかない話題で盛り上がりながら一路故郷を目指す。が、またおかしい。
アクセルを踏んでいないのに、車がガンガン前に進んでいる。
60KMでオートクルーズ状態だ。しかし、田舎道ゆえ60KMも出せる状況にはない。まるで、急な坂を降りるような運転を強いられる私。赤板を迎えた7番手ラインのように、ジワリと水温計が上昇の気配を見せる。
うし 『とにかく落ち着こう。ジュースの自動販売機が近いうちにあるはずや。そこで一服してからや』
あった。車を止める。うし君が「ジョージアエメラルドコーヒー」を買って車に戻って来た。私は、おもむろにボンネットオープナーを引っ張る。しかし、手応えがない。
ボンネットが開かない!。
思いが通じ合うカップルのように、顔を見合わし見つめ合う二人。
KAGI 『俺は2千円ある』
うし 『3千円ある』
沈黙が車内を覆う。どうするか。引いて出直しも難しい。宮杯で吉岡にイン押し込められた神山の心境が、その時わかった気がした。
『ボンネットが開かなければ、どのみちアウトだ。とにかく、水のあるところまで進んでみよう。しかし、こんなに雨は降っているのになあ。』
- まず、ボンネットを開けなければならない
- アイドリング急上昇の理由はなにもわからない
- もう少し行けば周りに何もない田舎道に突入する
- 崖崩れしているところすらある
- 日が暮れかかっているうえに雨が降っている
- 金がない
立ちションベンをしながらそう決意した。自分は今、貴重な液体を体内から放出しているのではないかな、などと思いながら。
さあ、アクセルを踏まずに再出発だ。
あった、水が。そのまえにボンネットである。一発蹴りを入れてみるが、開くわけもない。うし君にオープナーを引っ張ってもらい、自分がボンネットをガタガタいわす。この作戦で、頑固に口を閉じていたボンネットがとうとう開いた。とりあえず、二人の能力で出来るだけのことをするのみ。水道水を補給し、リザーブタンクとラジエターの経路が詰まっていたので、割箸でグリグリやる。ホースを取り外して、元長距離陸上選手のうし君の肺活量を活用する。
後は、祈る。
なぜかアイドリングは安定した。 決意した。 うし君に言った。
『俺は滝沢になる。』
『不安だらけだ。だが行けるところまで行く。付いて来きてくれ』
うし君がうなづいた。
ジョージアエメラルドコーヒーに手を付けていなかったことに気がついた。
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