| /滅びし者へ/ |
(93年12月 立川競輪場)
■5レースが終わった。周りがけっこう取っている。俺は・・俺はこのレースを買っていなかった。11レースの買い目が決まっていなかったからだ。仲間から離れて、GP前売り近くの日陰のベンチに座り込んだ。もっと寒くなるといい、もっともっと。右手の無料の緑茶で渇きをいやす。
■ふと右を見ると、往生際の悪さでは自分と双壁のうし君が、苦悩に満ちた表情で予想紙をにらみつけている。
■頭は決まっている。年末最後のお金を託せるのはこの男しかいない。問題はヒモだ。2−1では勝負が出来るオッズではない。
■腹が決まった。俺の勝負目が来そうな展開を考えてみる。よっしゃ、ないとは言えない。二人のうちのどちらかでいいのだ。丁寧に2−1と2−6の押さえを打つこととする。意を決して前売りの長い長い列に並んだときに、A級優勝戦が始まった。
■先行一車に付ける東の選手でかぶっている。荘田が居るじゃないか。こんな車券は買いではない。展開有利な4番と競り勝つ3番の裏表、競り合いを見て捲る7番の筋。この辺で十分だろう。結果は俺の3点予想は外れたが、そこそこ近い決まり方ではあった。このようにGPよりも買いやすいレースは今日いくつもあるはずだ。
■しかしそれでもGPで勝負する。俺はしょせん勝負師なんかではない。
■俺の順番が来た。
グランプリ 1 1 神山雄一郎 2 2 吉岡■稔真 3 3 鈴木■■誠 4 4 海田■和裕 5 俵■■信之 5 6 松本■■整 7 滝沢■正光 6 8 高木■隆弘 9 井上■茂徳
■最終バックを吉岡がぐんぐん飛ばす。ぴったりマークは鬼脚井上。こうなったら前の二人をただ見つめるのみ。
■『終わった』
■四角で井上が余裕のありそうなそぶりを見せたときに、防御本能がはたらいて、俺の記憶が途絶えた。ところが・・・・・
■黄色と黒の影が突っ込んで来た。一瞬のうちに地獄から天国へ、得もいえぬ情念が突き上がる。その影が右手を高々とかざした。再び天国から地獄へ急降下する。
■誇らしげに周回する滝沢正光。ふと気がつくと俺の右手の中に、握り締められて朝の原形をとどめない赤競があった。
【後記】
■このときは、滝沢が手を挙げたので、写真判定になってもぜんぜん期待しませんでした。そして、いやなことを忘れるために、好きな選手である滝沢の優勝を祝福しようと。ところが、あとで聞くところ、着差はわずかに微差。「ぬか喜びでも決定までの至福の時を過ごしたかった」などと思ったりしたので、人間とは不思議なものです。■もう一つ、この年には裏話があります。それは、当日の朝のホテルでのこと。前夜の忘年会の会計係に残った数千円に、一人10まいづつ足して、資本金百数十枚の会社を発足させました。買い目が話し合いで決まるはずもなく、それならサイコロで決めようということになりました。なぜか、旅行先でサイコロやトランプには困りません。頭を振るのはうし君。ひもは私。そう、それが当たってしまいました。それだけが。
■もちろん、私の周囲の人たちは愛に満ちた人ばかりです。わたしはお見舞い袋で配当金をいただきました。阿佐田杯では松村信定が優勝する(見知らぬおじさんが、『とったんだろ』と、いたく心配してくれた)し、とにかく印象的な一日でした。
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